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2018年5月16日。歌手の西城秀樹が、急性心不全の為亡くなった、享年63歳だった。

郷ひろみ(62)、野口五郎(62)らと共に『新御三家』と呼ばれ、昭和の歌謡界を盛り上げ、絶大なる人気を誇った西城は、ライブにおいても日本人初の試みを多く行った。

’03年に韓国・済州島でのディナーショーの際に、脳梗塞を発症。以後リハビリに励むものの、’11年に再発。デビュー50周年にあたる2020年のライブはかなわぬ夢となってしまった。
彼をそこまで『歌手業』という仕事に駆り立てたのは何だったのか。

西城秀樹は、帰化していた?

西城秀樹の本名は、木本龍雄。’55年4月13日、広島県東区でパチンコ屋を経営する家の末っ子として生まれた。

ジャズが趣味だった父の影響で洋楽に親しみ、米軍の岩国基地が近くにあった事もあり、兄たちと共に小学校の時からバンドを結成。ローリング・ストーンズ、ベンチャーズ、ジミ・ヘンドリックス、レッド・ツェッペリンに傾倒するおませな子供時代を送った。
高校の時に、地元のジャズ喫茶で歌っていた所がスカウトの目にとまった西城は、歌手デビューする為に上京しようとするが、父親に猛反対されてしまう。最終的には父親を説得し、高校は定時制の高校に通い卒業する事を条件に上京しデビューする事となった。

’72年3月、日本ビクターより『恋する季節』で歌手デビュー。この時は、今日語られる西城とは違い、控えめな印象だったという。西城秀樹という芸名も当時の少女向け雑誌『女学生の友』の公募で決まったものであり、『新御三家』の順番は、3人のマネージャーが、本人同士にジャンケンをさせて決めたものだというのだ。
だが『新御三家』として売り出す段になり、振り付けを担当した一之宮はじめは、こう思ったらしい。

『ひろみはルックスが可愛らしい、五郎は歌で引っ張る、だが秀樹にはロックな好きな若者という以外売り出す所がない。あと一つ、売り出す為に特徴を付け足す必要があった。』
そうして一之宮が西城に付け足したイメージが『男のセクシーさ、ワイルドさ』だったという。

180cmを超える身長と長い足を生かしパンタロンを履き、スタンドマイクを振り回し絶唱するスタイルは西城から始まった。洋楽の要素を歌謡曲に取り込んだ西城の登場に、景気の明るくなる世の中を投影した日本人は夢中になった。

実況生中継が当たり前だった時代、西城の私生活は恋愛をする時間どころか、食事をする時間を惜しむ程、多忙だったという。
それだけでなく『バーモントカレー』のCMに長期契約するなど、ファンにどう見られているかも意識し、健康的なイメージで売っていた為、体を常に鍛えていた。それと同時に酒豪でもあり、セブンスターを一日に4箱吸うヘビースモーカーでもあった。ライブの前には、水も飲まずサウナに入り続け、ボクサーの様に体を絞り、打ち上げの時には、ドカ食いで呑んで食べまくる。そうした生活はいつしか西城の体を蝕んでいた。

’84年に、脳の髄液が漏れる低髄液症候群になり、一か月入院、一時は面会謝絶の命の危機に晒された。
この時点で普通の人は、今までの生活習慣が体に悪すぎた事を自覚し、芸能活動を控えめにするか、生活習慣を整え、禁煙、禁酒するだろう。だが西城はそうしなかった。

さらに過酷なダイエットに励んだために、’96年の健康診断では糖尿病を宣告されていた
この時点で、’03年の脳梗塞へのカウントダウンは始まっていたことになる。西城の脳梗塞は、毛細血管がボロボロになる『ラクナ梗塞』と呼ばれるもので、喫煙、飲酒、高血圧、糖尿病などにより、毛細血管がもろくなり、そこを通る血液がドロドロになることで、血栓ができる事が原因とみられていた。

そんな西城をささえ続けたのが、美紀夫人だった。

夫人との出会いは姉を通じて

西城と美紀夫人との出合いは、西城の腹違いの姉、木本絵里子の紹介を通じてだった。絵里子は当時北新地のバーでママをしていたといえば聞こえはよいが実は山口組若頭筆頭・宅見勝の妻となっていた。
まだ身を固めていない弟の嫁には、堅気の芸能界に、足をつっこんでいない人をと紹介したのが美紀夫人だったのだ。

アイドル時代の西城は浮いた噂一つなかった。
’84年の低髄液症候群の時に、松田聖子が見舞いに訪れたというのに『(郷)ひろみは、いつもあんな子に囲まれていいなぁ』とのたまい、後に、デビューしたての頃の山口百恵がカワイイと思っていたが、三浦友和がいたから仕方がないといったことも明らかにした。西城自身、

同じ業界の人間と付き合うのは、気が進まないというのが本音だったようだ。
そんな西城が心を寄せていたのが、12歳年上の十朱幸代である。丁度歌手から俳優への道を模索していた時期に、西城は十朱に出会い、人間的概念や知識を吸収していった。

十朱幸代と言えば、竹脇無我や高倉健からもプロポーズを受けていた女優である。家柄もよく西城からしてみれば、年齢云々以上に高値の華だった。
破局の原因は西城との家柄が釣り合わないと反対した十朱の家の言い分と、西城家が孫を欲しがったという事だったらしい。もしも両家の両親が、しゃしゃり出てこなければ、破局はなかったかもしれないのだ。

十朱との破局の後、西城は、モデルの長谷川理恵につかまってしまう。後に、神田正輝や石田純一に略奪愛をしかけ、家庭を崩壊させた女である。
これには西城のマネージャーである天下井(あまがい)も、『あの女は根性悪だから、やめておけ』と注意したという。40年来の付き合いになるマネージャーから、ファンを取るか、女をとるのかと言われ、長谷川と交際するのをやめて命拾いした。現在の長谷川の結婚相手は、やはり略奪な所をみると恋愛沙汰にならなくて正解だったのだろう。

あまりにも恋の相手に恵まれない西城に業界の人間が心配しないわけもない。
女優の樹木希林が、まだ二十歳にならない女子大生を西城の見合い相手に連れてきたこともあった。世間知らずの女性であれば西城ぐらいの大人でも大丈夫と思ったらしいのだ。さすがに西城もこれにはドン引きし『希林さん、それじゃ犯罪ですよ』と苦笑し断ったのだという。

ファンに囲まれていた西城が身を固めるきっかけになった、本気で恋愛した人はこれだけ少ないという事は意外かもしれない。

結婚し、子供も生まれた途端に西城は脳梗塞に見舞われた。脳梗塞になった直後は、車いすで、自力では5秒も立っていられなかったという西城。
だがライブをしたい、家族を支えるために歌いたいという信念がリハビリへと駆り立てた、それが何故いけなかったのか?

人の喜ぶ顔がみたかった

医師たちが一斉に口をそろえて言うのが、西城の場合は、リハビリのし過ぎでは、というのだ。
歌手活動以外の時間をすべてリハビリに充てていたという事は、自分の体が退化して歌えなくなるのではという恐怖感からである。だがデビュー50周年ライブを完璧にしたければ、休養も挟みながらリハビリをしなくてはいけない。もう若くはない上、若い頃からの無理は蓄積されている。

不運にもリハビリの無理がたたり、心臓に負担がかかり心不全となったのでは、という見解強いのだ。

西城自身、サプライズや、客を喜ばせるためなら、自分を犠牲にしてもいいという考えだったという。
『ヤングマン』のレコード発売の時のエピソードはその最たるものだろう。

西城のライブは、第一部が洋楽のカバー、第二部がオリジナル楽曲だったという。
彼がマネージャーと考えた『今ではライブで当り前』の事は山のようにある。

ドーム(球場)コンサート、ペンライト、レーザー光線、電飾をつけた衣装、クレーンで客席まで移動する方法…これらはすべて日本では西城が初めて行ったことだ。

全てはお客さんに喜んで貰いたい為。

’79年の正月ライブで歌った『ヤングマン』が思った以上に反響がよく、2月下旬にレコード発売が決まったらしい。当然の事ながら、発注した所でレコード会社は毎日残業しなければ全国のレコード屋に並ぶ程作れないのだ。それはできないと断ろうとする工場長の前で西城がやった事は、

工場の前に転がっていたビールケースの上で『ヤングマン』を工場の従業員の前で歌い
こんなステキな曲が出ます!残業をお願いできますか?
といったらしい。工員たちは、曲に動かされ残業し、レコードがリリースされたのだ。

後にヒットしたこの曲、西城は行く先々で歌ってくれとせがまれるようになった、時にはスナックでもだ。だが自分の曲を歌うと『仕事』になってしまうので、お客さんに謝り、細川たかしの『北酒場』などを歌っていたという。
こんなサービス精神が、西城を作っていたのだろうと思う。

音楽が好き、仕事が好きという情熱をとってしまうと自分には何も残らない、西城自身がそれを一番よく分かっていたのかもしれない。
だからこそ燃え尽きるようにこの世から去っていったと言っても過言ではなかったのだ。

何はともあれ、今は静かにご冥福を祈りたい。

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